小比類巻貴之
小比類巻 貴之(こひるいまき たかゆき、1977年11月7日 - )は、日本の男性キックボクサー。青森県三沢市出身。
プロフィール
- 国籍
- 日本
- 活躍期
- 1997–2010
- 主な団体
- 旧K-1 / K-1 MAX / RINGS
- 現在
- 引退(2010年に引退発表)・小比類巻道場 会長
- 通算戦績
- キックボクシング 62戦40勝(25KO・15判定)20敗(7KO・13判定)2分 / 総合格闘技 1戦0勝1敗(1一本)
- 読み
- こひるいまき たかゆき
- 本名
- 小比類巻 貴之
- ニックネーム
- ミスターストイック / コヒ
- 旧リングネーム
- 小比類巻 太信(たいしん)※2008年8月〜2012年6月
- 生年月日
- 1977年11月7日
- 出身地
- 青森県三沢市
- 出身校
- 光星学院高等学校(現・八戸学院光星高等学校)
- 身長
- 181cm
- 体重
- 70kg
- 階級
- ミドル級(K-1)
- スタイル
- 空手(極真空手出身)/ キックボクシング
- 所属(現役時代)
- アクティブJ → J-NETWORK → フリー・チームドラゴン(1999年結成)→ 黒崎道場(2002〜2003年)→ チームドラゴン → BRAVI RAGAZZI(2007年10月〜)
- 所属・役職(現在)
- 小比類巻道場 会長 / EXECUTIVE FIGHT 武士道 プロデューサー
- その他の役職
- 三沢市観光大使、千葉県テコンドー協会副会長
- 師事
- ボクシング技術は島田信行トレーナー(辰吉丈一郎を育成)に5年間師事 / 黒崎健時(2002〜2003年)
- プロデビュー
- 1997年1月31日(全日本キックボクシング連盟)
- 引退
- 2010年3月23日に引退発表(引退試合は未実施と本人談)
- 著書
- 『あきらめない、迷わない、逃げない。』(サンマーク出版、2014)
主な実績
- ISKAオリエンタル世界スーパーウェルター級王座
- K-1 WORLD MAX 2004 日本代表決定トーナメント 優勝
- K-1 WORLD MAX 2005 日本代表決定トーナメント 優勝
- K-1 WORLD MAX 2009 日本代表決定トーナメント 優勝
現在の活動
- 小比類巻道場 会長。東京恵比寿本部のほか福岡支部・徳島木頭支部・青森三沢支部を展開(公式サイト)
- 本人が直接指導する「小比類巻貴之プレミアムパーソナルトレーニング」のエグゼクティブ会員を募集(公式サイト)
- 経営者向けアマチュア格闘技大会「EXECUTIVE FIGHT 武士道(BUSHIDO)」をプロデュース。2020年から継続開催し、2026年9月25日に第17回東京大会(八芳園)、次回第18回は2027年2月19日予定。九州大会・ブラジル大会も開催(Wikipedia・EFB公式サイト)
- EXECUTIVE FIGHT 武士道の全試合を本人のYouTubeチャンネル「KOHI CHANNEL」で生配信(EFB公式サイト)
- WKF World Amateur Grand Prix Japan 2026 の試合をライブ配信(動画タイトルより)
- 第1回 GKL 九州アマチュア大会(2026年8月23日・長崎)の動画を公開(動画タイトルより)
- YouTubeで格闘技・ボクシングの試合予想/解説、トレーニング・ミット打ち指導動画を配信(動画タイトルより)
- 監修プロテイン「KOHIRUIMAKI PROTEIN」、オンライン講座「小比類巻道場オンライン」を展開(公式サイト)
名勝負
経歴
- 1997
1月31日、全日本キックボクシング連盟でアクティブJからプロデビューし、箱崎雄三にKO勝ち。5月30日には魔裟斗(当時:小林雅人)から膝蹴りで3度ダウンを奪い3R TKO勝ち。
- 1997
10月26日、全日本ウェルター級王者・鈴木達也にTKO勝ち(デビュー5戦目)。12月21日、J-NETWORK旗揚げ戦で新田明臣にローキックでKO負けし初黒星。
- 1998
11月14日、シュートボクシング『GROUND ZERO TOKYO』でシュートボクシング王者・土井広之にTKO勝ち。
- 1999
8月にJ-NETWORKを退団してフリーとなり、前田憲作らとチームドラゴンを結成。10月3日、K-1初参戦のK-1 GRAND PRIX '99開幕戦で朴英樹と引き分け。
- 2000
1月25日、K-1 RISING 2000で「地獄の風車」ラモン・デッカーに日本人初の勝利(TKO)。
- 2000
11月1日、K-1 J・MAXのメインでニール・ウッズに3R KO勝ちし、ISKAオリエンタル世界スーパーウェルター級王座を獲得。
- 2002
K-1 WORLD MAX 2002 日本代表決定トーナメントで須藤元気・大野崇を破り決勝進出も、魔裟斗に判定負け。5月の世界一決定戦は準決勝でガオラン・カウイチットにKO負け。
- 2002
2002年初めから2003年初めまで黒崎健時に師事し、黒崎道場で住み込みの荒行を積む。その後チームドラゴンに復帰。
- 2004
K-1 WORLD MAX 2004 日本代表決定トーナメントでHAYATO・武田幸三・セルカン・イルマッツを破り初優勝。世界トーナメントではマイク・ザンビディスに勝利しベスト4(準決勝でブアカーオに敗退)、10月にはアルバート・クラウスに判定勝ち。
- 2005
K-1 WORLD MAX 2005 日本代表決定トーナメント決勝で新田明臣を前蹴りでKOし2連覇。世界トーナメントは準々決勝でアンディ・サワーに判定負けし、その後治療のため戦列を離れる。
- 2006
6月30日、K-1 WORLD MAX 2006 世界一決定トーナメント準々決勝で魔裟斗と3度目の対戦、ダウンを奪われ判定負け。
- 2008
8月にリングネームを「小比類巻太信」に改名。10月にユーリ・メス戦で1年ぶりに復帰(KO負け)。11月23日、千葉県市川市南行徳に「小比類巻道場」をオープン。
- 2009
2月23日、K-1 WORLD MAX 2009 日本代表決定トーナメントでアンディ・オロゴン・城戸康裕・山本優弥を破り、同大会史上最多となる3度目の優勝。10月には三沢市に小比類巻道場三沢支部を開設。
- 2010
3月23日、股関節の負傷による欠場とともに引退を発表。
- 2011
1月、東京・恵比寿に新たな小比類巻道場をオープン。東日本大震災後は被災地の復興支援に取り組み、米軍三沢飛行場でキックセミナーや空手指導を行った。
- 2012
3月9日、「RINGS 〜reincarnation 再臨〜」で総合格闘技デビュー(ベン・アボットにスリーパーホールドで一本負け)。6月にリングネームを小比類巻貴之に戻す。
- 2014
恵比寿の道場を「K-1 GYM EBISU 小比類巻道場」としてリニューアル(4月1日正式オープン)。
- 2017
パレスホテル東京で経営者同士の戦い、Executive Match-charity Gala『QUOTATION』をプロデュース。
- 2020
9月25日、東京・八芳園で経営者によるアマチュア格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT BUSHIDO〜雅〜2020」を主催。以後継続開催。
- 2021
12月3日、東京・恵比寿に完全会員制の「小比類巻道場 KOHI Martial Arts Studio」をオープン。
- 2023
7月8日に小比類巻道場 徳島木頭支部、9月30日に福岡支部(FC店)をオープン。
- 2024
舞台『刃牙 THE GRAPPLER STAGE -地下闘技場編-』(新宿FACE)で加納秀明役を演じ役者デビュー。
人物・エピソード
- 徹底的に自分を追い込む稽古から「ミスターストイック」と呼ばれた。
- 2002年の日本代表決定トーナメント決勝で魔裟斗に敗れた後、リング上で石井和義館長にコメントを求められ「俺は・・・もう1回やって・・・絶対ぶっ殺します」と発言した。
- 2005年の世界トーナメント1回戦は「恥骨結合かい離」を発症した状態で出場しながらKO勝利した。
- 2009年大晦日の「Dynamite!!」では、西島洋介の入場曲「HOPE」のボーカルを担当した。
- 2014年、K-1 GYM EBISUのオープニングレセプションで「引退試合をやっていないので、最後に1試合やりたい」と語り、引退試合の相手に魔裟斗を指名した。
関連リンク
SNS
動画アーカイブ
出典: Wikipedia